果実の表現を超えて静かに深く
感情と魂に響くワイン
『オラテラ(黄金の大地)』は、ウィルコ・ラムを中心とした6人が創業した新たなワイナリー。彼らは元々マーティンボローのカルトワインとして名高い「ドライリバー」を生み出すチームでした。2022年のドライリバー売却を機に、6人がチーム一丸となって自らのワイナリーを創業することを決意。この地で長く深く根を張り生活してきた彼らは、マーティンボロー・テラスの歴史あるヴィンヤードを取得しました。オラテラのアプローチはワインに個性をもたらす混沌と生命力を受け入れること、そして押さえ込むことなく生み出すワインには、驚きや魂、エネルギーを感じることができます。葡萄品種の固定観念を打ち破り、「型」ではなく「個性」を追い求めることを大切にしています。手作業で非常に少量生産のオラテラは、現在はNZ国内の会員向けに割り当て販売され、極少量を海外へと輸出し始めました。
ウィルコ・ラムの経歴

オランダ生まれのウィルコ・ラムにとって、ワインは幼少期からごく自然に身近な存在でした。毎年夏になると、両親とともにフランス各地を巡り、休暇を兼ねてワインを買い付けながら産地を訪問。帰路は、ワインケースを積み上げた車でベルギーやルクセンブルクを経由してオランダへ戻る——それがウィルコにとっての原風景であり、家族を通じた最初のワイン体験でした。
その後、アムステルダムでホテルマネジメントを学び、大学のワイン教育プログラムを通して初めて体系的にワインに触れます。質の高いワインをテイスティングする経験を重ねる中で、ワイン造りそのものへの関心が強まり、ワインメーカーを志すように。醸造と栽培を本格的に学ぶためニュージーランドへ渡り、クライストチャーチのリンカーン大学で主にブドウ栽培を専攻。畑で問題を解決することが最終的なワインの質を左右する、という考え方はこの時期に形づくられました。
卒業後はマーティンボローへ移り、Martinborough Vineyardsでキャリアをスタート。その後、Alana Estate(現 Luna)でヴィンヤードマネージャーを務め、栽培と醸造の両面で経験を積みます。さらに視野を広げるためイタリアへ渡り、トスカーナのTenuta di Valgianoにて生活を共にしながらワイン造りに従事。ビオディナミ農法を含む畑での実践や、感覚的なワインの捉え方を学んだこの経験は、後のスタイルに大きな影響を与えました。
ニュージーランド帰国後は、ノース・カンタベリーのBell Hill Vineyardsでの勤務を経て、2009年にDry Riverのアシスタント・ワインメーカー兼ヴィンヤード・アシスタントとしてマーティンボローへ戻ります。2012年には前任者の独立に伴い、チーフワインメーカーおよびヴィンヤードマネージャーを引き継ぎ、2022年10月までの約10年間、Dry Riverのワイン造りを担いました。この期間に、畑を起点とした思想と、果実の表現に留まらない構造的なワインスタイルが確立されていきます。Dry Riverのオーナー交代を機に、長年共にワインを造ってきたチーム6名で独立を決意し、自らのワイナリーとしてOraterra(オラテラ)を創業。これまでの経験すべてを土台に、土地・時間・質感を重視した、静かで深いワイン造りを現在も追求し続けています。

ヴィンヤードについて

オラテラでは現在3つのヴィンヤードを管理しており、いずれも長年活動の拠点としてきたマーティンボローでの人とのつながりを通じて巡り合った畑です。使用するブドウはすべて自社管理畑のものに限定し、オーガニックを基本に、ビオディナミの思想と実践を取り入れた栽培を徹底しています。畑はいずれもマーティンボロー・テラスに位置し、「マックリーナー」「ラ・ベルヴィー」「アレクサンダー」と呼ばれています。共通する特徴は、川由来の砂利が深くまで堆積した土壌で、表土の厚さにはばらつきがあり、一部に粘土が混じります。保水力と養分は低いものの、ミネラルに富み、ブドウの樹に過剰な成長を促さない、マーティンボローらしい厳しさを備えた畑です。

最初に取得したのが、2022年購入のマックリーナー・ヴィンヤードです。1986年にピノノワールが植えられ、1992年にはピノノワールの追加植樹に加え、ピノグリとシャルドネが植えられました。4,500本/haと高密植で、クローンは5/エイベル/828が中心です。この畑は、マーティンボローを代表する生産者ラリー・マッケンナが、エスカープメント名義で単一畑シリーズとしてピノノワール「Pahi」、シャルドネ「Kupe」を生み出していたことで知られています。現在はオーガニック認証も取得しています。
続いて2023年に購入したのが、1992年にMargrain Winesのワインメーカー兼栽培責任者であったストラットフォード・キャニングによって植えられたラ・ベルヴィー・ヴィンヤードです。樹齢30年を超える古木から、安定して質の高いピノノワールが得られる畑で、こちらもオーガニック認証を取得しています。古いディジョン・クローンが多く、色調はやや明るく、比較的早熟なスタイルが特徴です。クローン5とエイベルに加え、スイス系の10/5クローンも植えられており、このクローンはよりしっかりとしたタンニンを持ち、味わいに骨格と方向性を与えてくれます。ウィルコが特に好んで扱うクローンのひとつです。
3つ目のアレクサンダー・ヴィンヤードは現在リース契約の畑で、将来的な購入を視野に入れています。かつては「アレクサンダー」という名で高い評価を受けていたワイナリーですが、後継者不在により現在の形となりました。1998年に植樹され、主にピノノワールを中心に、少量のシャルドネとごくわずかなメルローが植えられています。オーガニック認証も取得間近で、ディジョン・クローンのほか、クローン5とエイベルが混在しています。
これら3つの畑は、いずれもマーティンボローという土地の個性を明確に映し出しながら、それぞれ異なる表情を持っています。オラテラは畑ごとの個性を尊重し、ワインとして自然に表現することを目指しています。現在、合計11haほどのヴィンヤードから、約24,000本のワインを生み出しています。
醸造について

オラテラのワイン造りは、畑での考え方をそのままワイナリーへ持ち込むことから始まります。健全な土壌と生命力のある畑こそがワインの質を決定づけるという思想のもと、醸造においても人為的な操作は極力抑え、自然なプロセスを尊重しています。すべてのワインは野生酵母による自然発酵で、培養酵母は一切使用しません。発酵は畑とワイナリーに存在する微生物の働きに委ねられ、仕上げも無濾過・無清澄です。添加物は最小限に抑えられ、亜硫酸の添加も瓶詰め直前だけで極少量のみ行われます。
オラテラが目指しているのは「果実を超える」ワイン造り。それは「飲んだ瞬間に品種が分かるワイン」ではありません。果実味や典型的な品種香を前面に押し出すのではなく、質感や構造、奥行きを重視したスタイルを追求しています。特にシャルドネにおいては、ブルゴーニュ的な理想像を再現することではなく、ニュージーランド、マーティンボロー、そしてオラテラという場所そのものを表現することを大切にしています。香りで即座に理解されるワインではなく、飲み手が一度立ち止まり、口中で考え、感じ取る余白を持つワイン。それがオラテラの考える完成形です。
白ワインの醸造では、果実味を前面に固定化させないために、搾汁段階から少量の酸素を与えるアプローチを取っています。また、長時間のプレスとスキンコンタクトを行い、白ワインであってもタンニンやフェノールをしっかりと抽出します。香りの華やかさではなく、骨格や張りのある口当たりを重視するためです。さらに、長期間澱とともに熟成させることで、ワインはより滑らかで複雑な質感を獲得し、「香りで理解する飲み物」から「口の中で体験する液体」へと変化していきます。

すべてのワインは樽熟成されますが、樽の風味を与えることが目的ではありません。主に500リットル以上のパンションを使用し、シャルドネでは1000リットルの大樽が中心となります。大樽による穏やかな酸素供給によって、ワインは時間とともに自然に成熟していきます。シャルドネにはフレンチオークではなく、スイス産オーク(ストッキンガー)を使用しています。フレンチオークに見られるトースト香や甘さではなく、酸とタンニンの間を埋めるような、口中を満たす質感をもたらすのが特徴です。この考え方は、ウィルコが強く影響を受けたアルザスのワイン哲学とも重なっています。
ピノノワールでは、全房発酵は最小限に抑え、基本的には除梗した果実を使用します。目指すのは、存在感はありながらも主張しすぎないタンニン。オラテラではそれを「透き通ったタンニン」と表現しています。大樽熟成によって樽由来の影響を抑え、ワイン自身が時間をかけて自然に形を整えていくスタイルです。
オラテラでは瓶詰めを急ぎません。早い段階でスタイルを固定してしまうことを避け、ワインが自らの方向性を見つけるための時間を与えます。その結果として生まれるのは、タンニンに支配されることのない、柔らかく立体的で静かに余韻が続くワインです。果実はあくまで出発点であり、ゴールではありません。土地、栽培、時間、そして造り手の意思が溶け合った先にある表現こそが、オラテラらしい、果実を超えて静かに深く、感情と魂に響くワインなのです。